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「愛するとは互いに見つめあうことではなく、ともに同じ方向を見つめることなのだ」※1

2025/09/28

「愛するとは互いに見つめあうことではなく、ともに同じ方向を見つめることなのだ」※1

この言葉、どこかで耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

実はこれは、『星の王子さま』の作者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの言葉なんです。『星の王子さま』ではなくて、『人間の土地(原題:Terre des hommes)』という作品に書き残した言葉です。

『南方郵便機(原題:Courrier Sud)』(1929)、『夜間飛行(原題:Vol de nuit)』(1931)に続く本作は、1939年に刊行され、同年フランスで最も権威ある文学賞「アカデミー・フランセーズ小説大賞(Grand prix du roman de l’Académie française)」を受賞しました。

受賞したのは「小説大賞」でしたが、実際この作品は「小説」という枠に収まり切らないものでした。内容は、フィクションではなく、サン=テグジュペリが郵便飛行士となった1926年から、リビア砂漠に墜落・遭難した1935年までの体験をもとに綴られた自伝的なエッセーでした。いずれの体験も劇的なもので、読んでいて引き込まれるものがありますが、この作品の本当に素晴らしい点は、それらの体験から、「死」「友情」「英雄的行為」「生きる意味」など、人間の普遍的なテーマにまで思索を深めている点にあります。

最初に引用した文章は、「恋愛」に関する名言として取り上げられることが多いですが、実際はこれよりも広い、友情・家族・仕事仲間との愛として書かれています。『人間の土地』は、サン=テグジュペリ自身の経験と行動に裏打ちされたこのような言葉の数々により、単なるエッセーを超えて哲学書のような響きも持っています。

さて、最初に、“Terre des hommes”を『人間の土地』と書きましたが、実は、『人間の地』『人間の大地』『人間の土』など、さまざまなタイトルに訳されています。もちろん、タイトルだけでなく本文も翻訳により異なります。『星の王子さま』ほどではありませんが、各社から翻訳が出版されていますので、冒頭の一節「La terre nous en apprend plus long sur nous que tous les livres.」を読み比べてみましょう。

「ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える」

(『人間の土地』堀口大學 訳、新潮文庫、2024年、95刷、7ページ)

「我我はわれわれ自身について万巻の書よりもはるかに多くを大地に学ぶ」

(『人間の地』前田総助 訳、青山社、1984年、初版、9ページ)

「大地はわれわれ人間について、万巻の書物より多くのことを教えてくれる」

(サン=テグジュペリ・コレクション3『人間の大地』山崎庸一郎 訳、みすず書房、2000年、初版、3ページ)

「大地は僕ら自身について万巻の書よりも多くを教えてくれる」

(『人間の大地』渋谷 豊 訳、光文社古典新訳文庫、2023年、第4刷、13ページ)

「土が俺たちに教えることは、どんな本よりも多い」

(『人間の土』田中稔也 訳、明月堂書店、2024年、初版、15ページ)

「大地はわれわれ自身について、どれだけ本を読むよりも多くのことを教えてくれる」

(『夜間飛行・人間の大地』野崎 歓 訳、岩波文庫、2025年、第1刷、135ページ)

日本で最初に翻訳されたのは1939年。フランスでの刊行から半年ほどしか経たない9月と、その早さに驚かされます(第一書房 刊)。翻訳者は、『南方郵便機』『夜間飛行』そしてのちに『戦う操縦士』も翻訳したフランス文学者:堀口大學でした。​​​​

2025年5月に出版された岩波文庫『夜間飛行・人間の大地』の翻訳者:野崎歓さんも、NHK「100分de名著」(2025年8月4日放送)で、「私をフランス文学に導いてくれた恩人のひとりに堀口大學という人がいまして、堀口大學さんのお訳しになった本をいろいろ読んだそのなかに、この『人間の大地』、堀口さんは『人間の土地』というふうにお訳しになっていますが、があったわけなんです」と語られているように、のちの翻訳者のベースにもなっている歴史的名訳です。

堀口大學訳は現在も新潮文庫で入手可能で、そのカバー装画は宮崎駿さんです。宮崎さんは、「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」において、『星の王子さま』を推薦するとともに、「大人になったら、同じ作者の 『人間の土地』も読んで下さい」と記しています。また、ドキュメンタリー(※2)の中で、「非常に天候の書き方、飛行機の書き方、空そのものとか、地上の人間と飛んでる人間とのいろんな結びつきとかについて、『人間の土地』というのはものすごく優れた作品だと僕は思っています。『星の王子さま』とはぜんぜん別な作品ですけど、『人間の土地』の方が好きで、特に学生時代に繰り返し繰り返し読みました」と語っています(時期的に、宮崎さんがこのとき読んだのも堀口大學訳だと推定されます)。

このほか、初版1000部のみしか流通していない希少な前田総助訳、みすず書房から刊行された「サン=テグジュペリ・コレクション(全7巻)」の翻訳者でサン=テグジュペリ研究の第一人者であられた山崎庸一郎訳、「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」をコンセプトにしている光文社古典新訳文庫の渋谷豊訳、訳者が挿絵も担当しているハードボイルドな田中稔也訳など味わいは多彩です。

新訳が出版されたり、テレビ番組に取り上げられて注目が集まる今だからこそ、『人間の土地』を読んでみるのはいかがでしょうか?

※1『人間の土地』堀口大學 訳、新潮文庫、2024年、95刷、243ページ

※2 DVD『世界・わが心の旅 サンテグジュペリ 大空への夢〜南仏からサハラ〜』NHK、2004年

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